【随筆・紀行】冥婚

冥婚

文章・千鳥 齋

 『恐山』と聞くと、古めかしく重苦しいイメージを抱くかもしれない。恐山菩提寺はそういったイメージに反して、比較的新しい建物が多い。鉄筋コンクリートの柱を金色で飾った豪華なそれらは、恐山の観光地としての顔を思わせる。山門の脇、ちょうど賽の河原を背にする場所に赤い屋根の古びた建物がある。立ち寄る人も少なく、村の小さな古びたお堂と説明されれば信じてしまいそうなこの場所が、恐山菩提寺の『本堂』となっている。本堂には恐山の本尊である延命地蔵菩薩像が安置されている。建物の中は狭く、天井も低いため1m程度の本尊にも存在感を感じる。しかし、この本堂には本尊があることを忘れさせてしまうものが置かれている。それが冥婚の際に奉納された『遺物』達だ。冥婚には結婚衣装を着た1組の人形、絵、写真が用いられ、その一つ一つに名前が書き込まれている。それらの遺物達の量は本堂を埋め尽くす程で、本堂というより倉庫といった方が正しいくらいだ。

この本堂の話を聞いたのは、大学の授業で親しくなった先生からだった。

「恐山に向かっていく途中にお堂があってね。中には結婚衣装を着た人形や絵、写真がたくさんたくさん納められているんだ。その写真は、子供に先立たれた親たちが子供に向かって、『おまえが生きていたらきっとこんな風に成長してくれただろう。そして今頃は結婚して幸せな生活をしていたに違いない。でも、おまえはもうこの世には居ない。一人前になって結婚できなかったことはさぞ無念だろう。悔しかろう。私たちだっておまえの晴れ舞台を一目見たかったんだ。無念だ。悔しい。その思いに答えようと私たちができるのは、こんな写真や絵を作ることくらいしか無い。この世ではできなかった分、せめてあの世では幸せに結婚してくれ。』って祈りながら、泣きながら奉納していくんだよ。『冥婚』って言ってね、それはもうどうしようもないくらい辛くて、悲しい思いを少しでも慰めるために奉納していくんだってさ。あれをみるとこっちまで心が痛くなる。最初は直視できなかったよ。あれ以上に美しく、悲しい親の愛情は見たことがない。」

私は日頃先生と話し、フィールドワークに行くうちに、「先生の言葉には間違いは無いが、多少誇張が入っている。」と感じるようになっていた。そして、今回も例外ではないだろうと考えながら本堂に入った。

幅15メートル、奥行きは10メートルもない小さな本堂の壁は、床から天井まで冥婚の遺物達で埋め尽くされていた。その時の私は、その光景にただただ圧倒されていた。そして、遺物の一つ一つを丹念に見ていくうちにそこにこめられた祈りの強さを感じ始めた。『辛い』ではなく『痛い』。身を切る思いとはこのことだと確信した。胸が痛い。涙が少しずつ溢れてくる。だめだ、耐えられない。

私は先生の言葉通り、逃げるように本堂を出た。その後、他の場所を見てまわり、落ち着きを取り戻してからもう一度入ろうとしたが、外から覗くのが精一杯だった。

あまりに悲しく、純粋なため写真など撮る気にもならない。その時の私は、ここで写真を撮ると自分の両親の私に対する思いを踏みにじってしまうような気がしてならなかった。

死んだ子供の結婚式を写真のなかで行うという、一見無意味としか思えない行為を真剣に行わせ、その写真を見た私の胸を刺すほどの強さを持つ思い。私には、その思いがただ単に「子を失った」という理由で発生するものとは到底思えなかった。生きてる子に向けるべきだった思い、それが対象を失い冥婚へと向けられている。それがどれだけむなしいことか分かるだけにいっそう辛く感じた。そして、私の親は生きてる子である私にそれほど強い思いを向けてくれている。そう思うと、嬉しいような有難いような思いがした。

後日、先生にこのことを話すと、先生はこう答えてくれた。「君が泣いたのは、君の親に対する感謝が9割、死んだ子を持つ親への共感が1割じゃないかな。でも、僕はその逆だったんだよ。僕自身が子供を持つ親だから、冥婚の写真を奉納していく親達の姿は僕の鏡像に思えてならなかったんだよ。」

このページの掲載・更新日
2007-09-30
(以下略)