昭和15年7月、守屋善兵衛氏が「忠霊を祀る神社を建立すること」等の条件のもと、目黒区に対して土地の寄付申し込みを行いました。これを受けて昭和15年9月、目黒区会で寄付受領の議決がなされ、昭和16年6月、区費により目黒護国神社が建立されました。
昭和22年、新憲法施行により神社は遺族が管理することとなりました。昭和33年、図書館改築にあたり、神社を敷地内で移転。昭和34年、目黒護国神社崇敬会が設立されました。
【鎮座地】目黒区五本木2-20-17(守屋教育会館の裏)
守屋善兵衛氏が目黒区に寄付した土地は935坪余で、神社が建てられた土地はその南東隅の一部約9坪であった。駒寄内は約4坪、建築様式は「破風造流五拝三ツ斗造杉皮葺の建坪半坪弱」であった。「基礎の下部は大谷石で積み上げ、表面は磨き御影石を敷き石積の高さ二尺四寸、その上に社殿を建てたもの」で、「社殿の高さは七尺一寸」である。「社前に高さ五尺三寸の石灯籠二基と、石造高麗狗二基高さ三尺五寸のものを据え、木造の鳥居がある。」とある。
戦後、同所の図書館の新築工事に当たり、護国神社を図書館前守屋胸像の後方に移転し、社殿の屋根を銅板葺きに改め旧形のまま竣工した。移転にあたり、敷地は以前より狭くなった。(以上、「郷土目黒第二輯(目黒区郷土研究会・昭和33年発行)」より)
「祭神は日清日露両戦没者と、今次の日支事変、大東亜戦争の戦没者である」。「祭神の第一位は日清戦争戦没者の目黒村出身の佐野藤次郎で、日露戦役二十五柱(日清日露両役の英霊の階級は不明)第二次世界大戦二千二百八柱、合計二千三百三十四柱の祭神が祀られている」。(以上、「郷土目黒第二輯(目黒区郷土研究会・昭和33年発行)」より)
「郷土目黒第二輯(目黒区郷土研究会・昭和33年発行)」によると、昭和33年の時点では、目黒区遺族会の主催により、「年一回秋季に目黒区神職会の全神官参列のもとにおごそかな祭典を行っている」とある。また、神社境内の清掃は「婦人部各支部員が交代で年数回実施している」とある。
地元の方への聞き取り調査によると、10年ほど前までは、近くの十日森稲荷神社の宮司さんが来て、お祭り(招魂祭?)を執り行っていたとのことである。最近はお祭りは断絶している。
目黒護国神社は「戦後の複雑な経緯」により現在、区有地(守屋教育会館の裏)に建っている。近年崇敬会・遺族会は崇敬者の高齢化や転居などにより活動停止状態にあり、目黒護国神社は「神社としての活動が途絶している状態」とされている(神社新報・平成19年12月10日付)。
このような状況下、平成18年度、神社撤去の意見書が目黒区包括外部監査人から提出された。
外部監査人は「戦前からの複雑な経緯」を認めつつも、神社を撤去すべき理由として、「地方自治体として区が外観上、祠・鳥居等工作物を有している神社の土地を普通財産として管理しているのは適当ではない」「神社としての活動も近年全くなく、以前は貸付料収入が区に納付されていたが、現在は氏子等も高齢化、転居等により構成員も不明であり、また御魂がないことも確認されており、神社としての実質を有していない」という点を挙げている。
その上で、「工作物も老朽化していることから、安全面も考慮し問題を放置することなく、早い機会に工作物を撤去するなどして敷地の一体管理をされたい。」との神社撤去意見が付けられた。(平成17年度包括外部監査の結果報告書111頁、112頁より)
一方、目黒護国神社の隣にある「庚申塔群」も区有地(守屋教育会館の裏)に建っているが、こちらには撤去意見が出されていない。庚申塔群は、区の有形文化財として指定されており、この敷地は外部監査からも外れている。
神社新報(平成19年12月10日付)は、「政教分離の適用にダブルスタンダード(二重基準)が用いられたとも見える措置は今後、議論を呼びさうだ」としている。
これより以下は、筆者の個人的な見解であるということを、まずお断りしておく。
「目黒護国神社に対する撤去意見」に関して、何点か論点を整理したい。
1.目黒護国神社と同じく区有地に建つ庚申塔群が監査対象から外され、目黒護国神社のみが監査対象とされた理由は何なのか。
2.「戦後の複雑な経緯」をどの程度認めるのか。
3.目黒護国神社は「史的文化財」に当たらないのか。現行憲法が施行される以前より存在し、歴史もあり、人々の信仰の対象とされてきた神社の社殿を、「老朽化してきたから」といった理由で安易に破壊・撤去しても良いのか。
4.崇敬会が現在活動停止状態だとして、目黒護国神社を崇敬してきた人々の存在を無視するのか。
5.「政教分離」に関して、神社および神道のみを槍玉に挙げるのは、宗教差別・宗教弾圧ではないのか。【註1】
【註1】下記のような事象については、なぜか「政教分離」が問題とされていない。
1.「天草市立・天草切支丹館の内装およびその周辺の公共空間のキリスト教様式化(公衆電話ボックスや街頭の上にも十字架が付けられていること)」
2.「水沢市でのキリシタン大名後藤寿庵を祀った廟でミサが行なわれ、市長や土地改良区理事長などが参列していること」
3.「熊本県本土市の全面的な支援のもと行われている天草殉教祭がカトリック中心に行われ、市長や市議会議長が参列していること」
4.「長崎市の公園には殉教二六聖人の碑があり、公費で管理されていること」
5.「東京都慰霊堂は仏教式であり、また年二回、仏式の慰霊大法要が行われ、知事や都議会議長、区長、区議会議長らが参列していること」
6.「姫路市には仏舎利塔が建っている市の公園があること」
文責・筌之口重範